宮島正

「武長」の発展を

2009年08月07日

「武長」
武田薬品は、1781年に武田長兵衛が道修町に近江屋を起こしたのが始まり

以来長年に渡って、同社の店主・社長は「武田長兵衛」を名乗っていました。

そこで、十三界隈では、武田薬品を「武長」と親しんで呼びます。

「武長」と戦争
6日午前7時、十三駅近くの武田薬品・大阪工場前で訴え

この日は、広島の原爆慰霊祭の日

戦争と武田薬品について訴えた

十三の町は、64年前に焼け野原になった

しかし、武田薬品・大阪工場は惨禍を逃れた

武田薬品・大阪工場では、戦後の不況下で、アジア諸国から引き揚げた社員全員を雇った

しかし、労働環境は劣悪で、労働災害が続き、争議にいたった

「武長」の発展を
いま、武田薬品には派遣労働が広がっている。

この夏、武田薬品では株主配当があった

昨年の配当の10%を雇用に充てれば、

年収500万円で600人を雇用できる

戦後不況下で、大陸からの引揚者を全員雇用した「武長」

労働争議を経て、育児休暇などの雇用環境を前進させてきた「武長」

いま、派遣社員などの雇用安定と労働条件改善に取り組んで欲しい

下請企業を大切にして、技術を育て、人を育てて欲しい

それが、クレーム品を減らし、「武長」が発展する道だと思う

「新しい日本」での共産党の役割
自民・公明政治を退場させて

労働者派遣法の製造業への適応を止めさせる

しかし、直接雇用でも半年、1年雇用ではダメ

正社員が当たり前の「新しい日本」には、日本共産党の前進が必要

「武長」と「新しい日本」
みなさんには、良い薬を開発して、普及して欲しい

しかし今、薬や治療が必要な人に、医療が届いていない。

お金の有る無しで、社会保障が断たれるのでは、社会保障とは言わない

戦争と医療
財源は、二つある

ひとつはムダ遣い

その際たるものは、軍事費

「武長」は戦争でブドウ糖などを作って成長した

戦後は、平和の下で発展した

戦争の医療ではなく、

平和の医療を発展させよう

貯蓄から投資へ
私の貯金の利子には、20%の課税がされている。

しかし、投機マネーには10%しか課税されない。

「広く、薄く」と言うが、

「狭く、薄く」なっているのが投機の課税

「広く、厚く」なっているのが貯金や消費税の課税

投機への課税などの「薄さ」が社会を歪めている

日本共産党とご一緒に、安心して働き続けられる社会

日本共産党とご一緒に、必要な医療が必要な人に届く社会をつくりましょう。

具体的な訴え
このところ、「建設的野党」と「民主批判」のスタイルに悩んでいた

しかし、「武長」門前で訴えて、

具体的な話しをすると、無理なく出来たように思う

日本共産党がどんな社会をつくりたいのか

特に、私がどんな社会をつくりたいのか

具体的に話して、国民的な共同をおおいに広げたい

投稿者 tachan : 2009年08月07日

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